冬の標 乙川優三郎著
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時代は江戸末期。
七万石ほどの小さな藩の町の中だけが明世の世界だった。
中級武士の家に育った一人娘らしい伸びやかさと気丈さのある彼女。
ただ、絵を描くことに情熱を注いでいた。
時代が揺らぐころに、生家と嫁ぎ先の家との暮らしを通して身は移ろい、そこで生活するものとしてのつとめはあった。気兼ねもあった。
一枚絵を描くことによって見えてくる自分自身。
ひとつずつ描いていくことによって身についてくる技。
両方が重なった上に、作品が仕上がり、仕上げることで納得していく現実もある。
平吉は彼女の柵(しがらみ)を案じたのだろう。それは明世も承知していたが、実のところもう気にしていなかった。はじめから分かっていたようなものだが、彼女の情熱は絵に向かい、絵によってしか報われない。だから暮らしのために絵を描くのではなく、絵を描くために暮らしてゆく。絵を描けない暮らしの中に充足はないし、描かない自分は自分ではなかった。
小さくうなずいた明世を見つめながら、いいですねえ、と平吉は言った。明世の変わらない情熱を言ったのだろう。そういう彼も絵を描き続けられるだろうし、いずれ優れた絵も描くだろうが、蒔絵師をやめることはないのだった。どちらがよいとか悪いとかではなく、彼には絵の魅力にも匹敵する生業があるから、迷いながらも二つの道をすすむしかないらしかった。
ラストが、行く先は見えないけれど、一本の航路がすっと小さく見えるようで、すがすがしく感じられた。
そういう手放せないものがあればいいと、どれほどの人たちが願っていたことだろうと思う。
お勧め度☆☆☆
元は、熊澤南水さんのひとり語りで、同著者の別作品『花の顔』というものが上演された。私には、それがどうしても、つらいばかりで、希望が希望に感じられなかったし、尽くしたことが現実には報いられないのではないか? と疑念を抱き、逃れられないところにいるので、なんだか納得がいかなくて、原作を読んでみた。
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この『椿山』に収録。
それでもやはり、どうもひとつ、気持ちが困惑を抜けられなくて、もう一つ同著者の作品を読みたくなり選んだのが『冬の標』この作品だった。
どうか多くの人が、明世のように、舟に乗れますように。
もし絵がなかったとしても、川を渡れますように。
12月生まれの友人への贈り物にしてみました。





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