10/07/27/: 東京のイマージュ、イマージュとしての東京、みたいな、
最終更新:2010-07-27 22:54:34
floating point from Samuel Cockedey on Vimeo.
まずパッと見にカッコいいよなぁ。選曲もめちゃくちゃ渋いしぃ。
東京に間違いはないけれど、決して直接見ることのできないイマージュとしての東京、みたいな。
僕たちが日常的に出会う東京は、地を這うような細部の連続であって、それはそれで魅力的な猥雑に満ち溢れているのだけれど、同時に、たしかにたとえばここで示されるイマージュとしての東京みたいなものに何がしかの骨格を与えられているような感触もある。そういうイマージュの骨格が複数絡んだ向こう側に「歴史」みたいなものも感じられてくるようなところがあって、《どこかなつかしい未来都市東京。これめっちゃええな。》(sociologbookのTwitterでの発言) 、「なつかしい未来」という言葉が、ええカッコしぃぢゃない素直なものとしてすんなり胸に落ちる。
胸にストンと落ちたからといって、僕の日常が何ほども変わるわけではないのだけれど。
まぁ、みんな東京のイマージュが好きなのだな。と、こんな写真を撮っていると自分の背中も気になってくるけど(^_^;。
BGMはこれ。90年代のテクノ。懐かしい未来の実践、カッチョいい。




