12/01/28: 27日のうだうだ/古きを訪ねて古いってことしかわからないというテイタラク
何となく見上げる。
実家界隈のあれやこれや、見覚えのあるものはたいがいボロっちくなっているんだな。
というか、見覚えを得た段階ですでにそれなりに古びていたものがいっそう古びたのだというのが正しいのかもしれない。当時ほどほどに古かったものは消えて新しいものになり、さらに……、というのが冷静になって考えてみると変化の実態に即している。あまりに古びたものは自己更新の力を失ってしまうということだろうか。うーん、ウェブページやらブログやらと似たようなもんか。
蒲原有明に帰れ
「蒲原有明って、いずれにしたって変な詩人さんなんだけれど……」 で取り上げた蒲原有明、どうもみなさん蒲原有明を受験勉強における文学史で登場していた詩人さんとしてさえも記憶にとどめていないことが多いみたい。なんかなぁ。まぁ、僕がいくらすごいすごいと喚いてみても信用されないというのは、もう常のことではあるのだけれど。ぶー。
しかし、たとえば数少ないとはいえ、優れた詩人の中にはやはり蒲原有明のスゴさがわかっているヤツもゐるものなのだ。たとえば萩原朔太郎。
蒲原有明は僕の崇拝する唯一の詩人。貴君がそれに着眼されたるは流石です。実をいへば詩集「月に吠える」出版の時、序文を是非蒲原有明先生にたのみたく再三書簡を以て懇願したるも返事を下さらないので、遺憾ながら意を果さなかつたやうなわけです。かく僕が蒲原氏の序を切望したるは、僕の詩を以て蒲原氏の新しき正派を自任したからです。有明詩集中、独絃哀歌あたりの作品は実に名篇であつて、今よんでも涙が出るほど好い。何と言ふか、情緒が濃厚でしかも神秘的であつて、あたかもポオの恋愛抒情詩の如く、それで東洋風の香気が強い。「恋」の神秘にして甘き情緒は、僕、有明によつて始めて知れり。この恋の如く神秘的にして、本質的に音楽の情緒に近いものはない。僕の「月に吠える」中なる二三の作品が如き、正にこの神韻を摸してこれを俗化せるものなり。
さらに、
私信が余談に渡つて失礼しました。とにかく蒲原有明氏は、今日の詩壇の先駆者であつて、永遠に価値を有する天才です。今日の無内容な詩壇に向つて言ひたいことは、実に一語「蒲原有明に帰れ」である。(以下略)
ibid.
とまで云い切っている。「永遠に価値を有する天才」ですよ、まったく。
とはいえ、朔太郎の云う「情緒が濃厚」、「ポオの恋愛抒情詩の如く」云々は、さて有明の目にどう読まれたかはわからないところ。有明の自伝小説『夢は呼び交す 黙子覚書 』 *2の記述を信じるなら、むしろ有明自身は自身の叙情の欠如に悩んでいたからだ。
……おれには叙情についての才能が足りない。かれはつくづくそう思って困惑した。素直に情感が流れて来ないということは、そういう濃やかな雰囲気を醸し出す境遇にかれが置かれていないという事、その事をかれは次第に自覚してきた。かれはこの叙情の才能に欠けていることを、詩人として立つ上において殆ど致命的であるかの如く思い詰めた。実際にその作詩は情趣に乏しかった。題材は自然、神話、伝説にわたって、各異ってはいたが、事象の取扱はいずれも外面的で、どうやら合理的科学的な方法への傾向を持っていた。その上にも時事問題にまで心を牽かされていた。それはそれで調和が取れていれば好かったが、ただわけもなく雑然と混糅していた。
と、彼は書いている。もちろん、そこにとどまっていたわけではなく、
鶴見*3がそこに気がついてから、これを苦にして漸くにしてたどりついたのが言葉の修練ということである。先ず自分に欠けている情趣を自分のなかから作り出そうという考に到達した。さてその考を実現するには何を根本に置くべきか。それが順序として次に解かねばならぬ疑問である。かれはその当時それほどまでの分別はしていなかった。それにしても既に案出した問題の性質から、詩の重要性が言葉の修練にあるということの暗示を受けていたのだろう。かれはだんだんその方に目を醒ましていった。鶴見が晩年に至るまで、言葉の修練をかれには似合わず執拗に説いていたのは、その由来がそういうところに深く根をおろしていたからである。
言葉の修練を積むに従って詩の天地が開闢する。鶴見はおずおずとその様子を垣間見ていたが、後には少し大胆になって、その成りゆきを見戍ることが出来るようになった。それと同時に、好奇と驚異、清寧と冷徹 詩の両極をなす思想が、かれを中軸として旋回しはじめるのを覚える。慣らされぬ境界に置かれたかれはその激しい渦動のなかで、時としては目が眩まされるのである。
こういう経験をかれは全く予期しなかった。あとから思量すれば、そういう経験のなかに、近代ロマンチック精神の育くまれつつあった実証が朧げながら見られる。
ibid.
と自分の境地を拓くことになるのだけれど、どうもその境地が普通の意味での抒情とはいくらも隔たりがあるものなんぢゃないかしら。有明の独特のエロスや濁った感覚は、たしかに朔太郎の詩に受け継がれているように思えもするのだけれど、ストレートに「濃厚な抒情」なんて云われると、さてソイツはどんなもんか、ちょいとわからない感じ。
というようなことはさておき、「蒲原有明に帰れ」というわけで、もっと蒲原有明は読まれていい詩人さんだと思うんだがなぁ。まぁ面倒臭い漢字やら仏教用語みたいなのが出てきて辞書を引き引きになっちゃうのがアレなのだけれど\(^o^)/。
人はなぜだまされるか
石川幹人『人はなぜだまされるか』読了。『人間とはどういう生物か』とは違って、著者独自の見解を存分に打ち出したというのではなく、進化心理学の雑学集&入門書という感じ。すでに知っている話題も多かったけれど、気楽に楽しく読めるのがいい。進化心理学をちょっと覗いてみるというのには、たぶん打ってつけかもしれない。
どうも有名なものらしいんだけれど、初めて知ったのがエリザベス・ロフタスの実験。
図3.6のように二つの円を互いに線で結んだ図形を見せて、あとで思い出して描画してもらう実験では、「メガネだ」と言って見せた場合と、「ダンベルだ」と言って見せた場合で大きく異なった。「メガネだ」と言って見せればもとの図形よりもメガネらしく、「ダンベルだ」と言って見せればもとの図形よりもダンベルらしいのだ。人間は図形をそのまま写真のように記憶するのではなく、概念的な解釈とともに記憶していることを示している。
この図形の変形は、カリフォルニア大学の心理学者エリザベス・ロフタスが報告したものである。……
p.72-3
実験の詳細がもう少し知りたくなるところだけれど、残念ながら書かれていない。上図のような結果は被験者の平均的なものだったんだろうか。とかはまぁさておき、ヒトの記憶の覚束なさについていろんな話は耳目にしてきたし、そんなもんわざわざ耳目にする以前に自分の物覚えのとてつもないアヤフヤ具合にうんざりさせられること度々とはいえ、しかしまぁ、これほどのテイタラクぶりには目を見張りますな。いやはや。ロフタスの実験は、さらに進んであれこれ話が出てくるのだけれど、このネタは簡単にそれっぽい図も描いてヒトに紹介できるもの、覚えておくべし。
講談社 (2011-07-21)
しかしなぁ、このタイトルは本書全体をまとめたもと云えるかどうか。正確には「ヒトはなぜ正しく物事を見定められないか」みたいなところかなぁ。まぁそれぢゃぁ様にならないか。こういうタイトルのほうがヒトの目を惹くということはあるんだろうけれど、うーん、どんなもんかなぁ。
立ち読み課題図書、その他
NHK出版 (2011-11-08)
強力プッシュ中。21世紀前半の日本では必読書。科学史関連の記述についての細かな問題点についてはDaily Life:「科学的思考」のレッスン 参照。細かな問題点があったとしても、やはり必読書であることには変わりない。
ソンタグの小説なのださうな。
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毎度カワリバエしない東京スカイツリー。右に見える冬木立は、花王工場の桜並木。親水テラスが出来上がるまでは今一つだったところだけれど、この春はいい撮影スポットの一つになるんぢゃないかな。今は寒々とした感じだけれど。北十間川にかかる福神橋から少しだけ境橋寄りに歩いたあたり。浅草からのスカイツリー見物なら、さらに東へ歩を1キロ少々進めることになる。周辺よりもヒトは少ないし、スカイツリー全体を収めた写真も撮りやすい。体力的にゆとりがあれば、悪くないんぢゃないかな。
こういうのは大きい方が見栄えはするよね。ということで、右上のちっちゃい写真をクリックするとtwitpicに上げてあるヤツが開く。
またぞろ、小論文関連の検索でここを訪うヒトも出てきたみたい。そういうヒトは、「Garbage Out!!」の小論文関連記事 をどうぞ。ここよりは、503エラーに出喰わすことも少ないんぢゃないかと思う。体系立ってないからどこまでお役に立てるかはわかんないけれど
\(^o^)/、とにかく書き方考え方を大急ぎで、というヒトには、何もしないよりは役に立つんぢゃないかしら。
紙とボールペンって組み合わせの入力デヴァイスがあったっていいよねぇ
「『タブレットより整理に便利』 社会人がノート回帰」(日本経済新聞) 、そりゃぁそうだりょうよなぁというお話。
化粧品メーカーに勤める女性会社員(47)も無地のノートを積極活用している。タブレット端末「iPad(アイパッド)」なども持っているが、「思い立ったときにすぐに記入できない。打ち合わせや自分の頭の中で物事を整理するときにはノートの方が便利」と話す。
ノート大手のマルマン(東京・中野)では「紙に書く感覚が脳を刺激し、発想が広がるという人もいる。IT(情報技術)が発達すればするほど、その反動で五感を刺激するものが求められるようになるのでは」と分析。同社のサラリーマン向けノート「ニーモシネ」(通常ノートで420〜472円)は200万冊を突破。書き心地を追求した独自の紙質が受けてリピーターも多い。
スマートフォンやタブレット型コンピュータの類も興味深いツールではあるのだろうけれど、電子書籍が紙の書籍を上回る利便を持つほどには紙のノートに勝ってはいないというところ、書き描く際の自由度の大きさ、筆記用具のまだまだ他に換えられない手に馴染む感じに関しては、結構多くのヒトの実感としてあるんぢゃないかなぁ。
使ったことがないのでアレなのだけれど、ボールペンで紙に書きつけたものがデジタル化されるツールという意味では、すごく興味深い、というか物欲がそそられる。生徒の質問を受けながらサクサクっと書いた図入りメモみたいなの、手許にもそのまま残してデータにしておきたいことってあるんだよなぁ。別に識字率なんぞは悪くたって構わないから。
ノートのような自由度の高いものと電子的なデヴァイスを合体させるというときに、別に紙そのものを排除しなければならない理由なんかないんだから、入力でヴァイスに紙とペンが用いられたっていいんぢゃないか、みたいなことを考えたりする。紙のノートとボールペンがついたタブレットって結構いけると思いません? 無理矢理液晶画面をスリスリするのはナンセンスなような気がするんだが。
立ち読み課題図書、その他
NHK出版 (2011-11-08)
強力プッシュ中。21世紀前半の日本では必読書。科学史関連の記述についての細かな問題点についてはDaily Life:「科学的思考」のレッスン 参照。細かな問題点があったとしても、やはり必読書であることには変わりない。
草思社 (2012-02-02)
草思社 (2012-02-02)
待望の文庫化。まだちょいと先だけれど、忘れないうちにメモ。まだ読んでないんだよな、これ。
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12/01/27: 23、24日のうだうだ/クドいけれど、寒いのは厭ですなぁ。
亀戸天神境内。
クドいですけれど、まぁとにかく寒いですな。うんざりしますな。
いろいろごちゃごちゃと、、
実はちょいと前からマーヴィン・ミンスキー『脳の探検』をちびりちびりと読んでいる。『心の社会』の続編であるというのに、おまけに訳文だって『社会』よりこなれているふうに見える*1のに、どうも頭にスッと入って来てくれない。思考の歩幅が違うということなんだろうか。信濃路の喧噪の只中で読んでいるのがいけないのだろうか\(^o^)/。うーん。もちっとスピードをあげて読んでみるかな。
ミンスキーといえば、当然人工知能ということになるが、「『物理法則を自力で発見』した人工知能」(WIRED.jp)なんて話があったのだった。似たような話題は以前にもあったような気がするのだけれど、何かの記憶違いか。というようなことはさておき、ここで「遺伝的アルゴリズム」が有益だったとのこと。実は先日読んだ『人間とはどういう生物なのか』中、人工知能の試みが破綻せざるを得ない所以を語る一節で、遺伝的アルゴリズムの非効率も指摘されていた。そのへん、なるへそぉ〜っと読んでしまっていたのだけれど、WIREDの記事からするかぎりではハズレだったのかな。「遺伝的アルゴリズム」と称していてもいろんなのがありそうだしなぁ。そこいらへん、ちゃんと調べてみなきゃいかんのかしら。ちと面倒臭そうだな。うーん。
あと、『人間とは』では人工知能研究がもっぱら人間の意識にばかり目を向けて行われていることへの批判もあったのだけれど、本当にそうなのかしら。少なくとも『探検』に限らず『社会』でだって、意識そのものもまた意識されていないエージェントみたいなもので説明しようとしているわけだし、『探検』にはもちっと身体に関わる話も出て来るみたい。意識以外のあれこれが人間の知的活動に反映していることなんぞ、今日的な知見からすればあんまりに明らかなんだもん、そのへん無視した人工知能研究ばかりだとはちょっと信じられない。あのへん、いくらか藁人形論法的なアレコレがあるのかもなぁ、という感じ。『人間とは』は新書だから、記述を簡単に済ませちゃったってことはあるのかもしれないけれど。
共立出版 (2009-07-10)
立ち読み課題図書、その他
NHK出版 (2011-11-08)
強力プッシュ中。21世紀前半の日本では必読書。科学史関連の記述についての細かな問題点についてはDaily Life:「科学的思考」のレッスン 参照。細かな問題点があったとしても、やはり必読書であることには変わりない。
早川書房 (2012-01-25)
ダンカン・ワッツ[ググる!]ものということで。しかしまぁ、《なぜ「あんな本」がベストセラーになるのか?》なんて副題見たことないよな。
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12/01/24: 21、22日のうだうだ/《あなたが人であれ影であれ……》
夏が恋しい。切に、切に。
都バス車内、30を少し過ぎたかと見える父親が幼い男の子に、今の政治が右左上下を問わずいかに腐っているか、若者がいかに性悪で怠け者か、マスメディアがいかに高給をとるばかりでデタラメしか伝えないか、教育がいかに無能で荒んでいるか、その他いろいろ世の中がいかに碌でもないものか、延々と話している。生活の苦労が少しばかり性格を歪めてしまったのかもしれないというふうに見えないでもない表情の父親、その話の当たり外れはさておき*1、そういうのって、大人が子どもにする話ではないだろうと感じてしまう。そんな話をするくらいなら、むしろ敢えてであっても、与党でも野党でもその他でもいいからいかにしかじかの政治家が努力しているか、若者がいかに苦労しつつもがんばっているか、マスメディアが多少の不正確はあっても社会の中でいかに重要な働きを担っているか、学校の先生だって少ないリソースの中でいかに子どものことを考えて奮闘しているか、世の中なんだかんだいって少しずつマシになってきているかってところを教えていいんぢゃないか。子どもの生きる未来を思えば、別に話を日本社会に留める必要はないんだからさぁ。人類はもう70億もうぢゃうぢゃゐるんだから、探せばそういうネタの一つや二つ拾って拾えないものでもないだろう。
慨嘆混じりの中途半端な、たぶんいささかルサンチマンも籠っていなくはないだろうシニスムは、子どもの生きる気概みたいなもんを損ねるばかりぢゃないかなぁ。どのみち10代半ばにもなれば、斜めに世の中を見る目なんて身につけちゃう子どもは否が応でも身につけちゃうもんぢゃないか。そんなもんの早期教育は有害無益に決まっている。どうにも困った大人なり若者なりを指弾したって構わない、というか、パッと見には見えにくい悪を注意深く憎む習慣というのは蔑ろにされてはならないけれど、自分自身聖人君子完璧なる正義の味方、高徳の超人格者ってわけでもないんだからして、今さら多少の偽善者呼ばわりは恐れずに、もちっと他人様のいいところだって語っていいだろう、なんぞと思ってしまうのはいささか爺ぃ臭い感想なんだろうか。やっぱりこのへんがコンサヴァ爺ぃたるわたくしの限界なんだろうか。しかし、そういう話って、世の中の既成の権威を敬え従え、みたいなクソ喰らえな話とは全然違うと思うんだがなぁ。うっかりするとむやみに「愛国」を唱える今の日本がよほど嫌いなヒトたち(嫌日愛国者さん?)の愛国教育の強制みたいな言い草と似てこなくもないように思われるかもしれないけれど、まぁ違いますね。全然違いますね。どう違うかの説明は、面倒臭いのでこれを省く\(^o^)/。
こんなに寒いと、ヒトの心も荒んでくるもんなのかもな、ととりあえず思っておくことにすべし。なんせ、人類はアフリカ原産なんだもんな。さっさと暖かくなって、若い親父さんも、せめてガキンチョにはもちっと明るい話ができるようになるといいですな。
『照柿』読了
合田雄一郎は、大阪市生まれで、おまけに僕と同じほとんど年齢だったんだな。
《A号で野田達夫、昭和33年2月大阪市生まれ。沢山ありますよ、いいですか》
「ええ、どうぞ」
上巻p.392
野田達夫は、合田雄一郎の幼なじみで学年が一つ上だという設定だから、合田は1958年か59年の生まれだということになる。どこかですれ違うくらいのことはあったとしても全然おかしくないヤツなんだな*2。その30代半ばの話。だからどうだというものでもないのだけれど、まぁ彼我の、重ならないはずのあれこれが重なって見えてしまうのが、どうもいけない。30代半ば、これほど激越ではないにしても、あれこれ思い当たらないはずのアレコレが思い当たらないでもないような錯覚が兆してくる。今は亡きK川さんと仕事先のホテルで話したことなど、個人的な思い出に泣けてしまったつД`)・゚・。・゚゚・*:.。..。.:*・゚。いやはや。そういう読み方はよろしくございませんな。というか、そんなもんは「読み」なんかではありませんな。おまけに、他人様にはなんのことやらだもんな、んなことは\(^o^)/。閲覧諸賢、すみませんm(_ _;)m。
それにしても、これだけ暗い濁った話であるにもかかわらず、仄かな希望を感じさせてくれるようなラストが描けちゃうというのがすごいな。畏れ入谷の鬼子母神、ちょいと歩けば鶯谷信濃路\(^o^)/。野田達夫という擬ヴェルギリウスと佐野美保子という擬ベアトリーチェに導かれた、合田雄一郎という擬ダンテのオルフェウス的体験、地獄下りの物語というところなのかな。などといい加減なことを思いついたりする。「神曲」ネタが随所に織り込まれてもいるわけだから、そうそういい加減というわけでもないか。というか、最後の祐介からの手紙など、もろにそういうタネ明かしになっているのではないかい。さて、ならば合田の再生の物語はどうなるのかしら。今の世の中では、第7天に至るようなド派手な再生はあり得ないとして、しかし「地を這う」者らしい別の再生の物語ってなもんも、高村作品にならあって良さそうな気もする。合田が登場する作品って、これ以降、書かれてないよね? それともこちらが知らないだけか。それはそれでありそうな話\(^o^)/。高村作品も今年は全部読んでみっか。考えてみれば、高村作品が好きだとヒトにうっかり語ることもあるくせに、実は大して読んでないもんな。はれほれ\(^o^)/。
『みる わかる 伝える』もぼそぼそ。やっぱりちょっと教材には不向きだな。扱っている内容を、もう少し10代向けに書き直したものがあるといいかなぁ。わかりやすく書かれているのだけれど、言葉がわかりやすいというのと内容が具体的に伝わるというのとでは、いささか趣きが違う。ビジネスマンと10代とのどちらにとっても言葉としてはわかりやすいに違いないけれど、それが自分の行動に結びつくわかりやすさであるかどうかはまた別の話。わかりやすくても他人事としてわかったって意味がない。
とはいえ、自分が教材を作る際の参考になる話にはいくつか出会えた。とりあえずそれでヨシとすべし。
講談社 (2012-01-17)
調べ物少々。図書館も寒し。またはんこ屋に行くのを忘れている。いかんいかん衣冠束帯、維管束。
煮詰まって*3、EmacsでM-x life、ライフゲームを眺めて過ごしたり。Emacsのlifeって、初期状態の指定って出来ないのかな? まぁコードを読めばわかるのだろうけれど、そいつはいささか面倒臭い。といって、こういうプログラムについて、ていねいな日本語情報は見当たらんだろうなぁ。うーん。
ランダムに現れる初期パタンだと、すぐに変化しなくなったりライフが全部消え失せたりしちゃうのがたいがい。せっかくだもの*4延々変化し続けるようなパタンがやっぱり見たくなるぢゃないか。
相変わらず寒いというのに、週明けにはさらなる寒波がやってくるとか。ちょっとそいつぁ遠慮していただきたいものだ。
っと、こいつをアップする前に、週が明けて、めでたく都内は積雪ですよ( ´Д`)=3。あぁ、早く夏になれ!
日本評論社 (2003-06-12)
リカーシヴな宇宙、リカーシヴって永劫回帰になぞらえられるかもな、とまたしてもいい加減な思いつきが兆して来たり来なかったり。しっかし、マーケットプレイス価格7700円より、ですかぁ。
立ち読み課題図書、その他
NHK出版 (2011-11-08)
強力プッシュ中。21世紀前半の日本では必読書。科学史関連の記述についての細かな問題点についてはDaily Life:「科学的思考」のレッスン 参照。細かな問題点があったとしても、やはり必読書であることには変わりない。
かなり楽しそう。
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12/01/23: 下町の防火用水+α
特段のアレこれがあるわけではないのだけれど、何となく歩いていると目にとまるものなのだな、防火用水の類。スカイツリー散歩なんかで見かけるヒトも多いんぢゃないかしら。
散歩コースでは一番よく見かけるタイプ。赤地に白で「防火用水」。バケツもセットで、というのは、しかし最近数が減っているような気がする。バケツはそりゃやっぱりあったほうがいいんぢゃないかしら。消火器が防火用水の脇に添えられてあることは多い。
何となく孤独な防火用水。
ゴミ箱を挟んでの青いタンク型のやつもそれなりに見かけるタイプ。
これはまだあんまり見かけない。「消火用水」という言葉遣いと、「消火」と「用水」の間のスペースが独特。
この2つはこれ以外ないというタイプだろうなぁ。さる民家の門の両脇に置かれていたもの。防火用水もこうなるとステータスシンボルにもなるということかしら。
「天水尊」は防火用水ではなくて、雨水を溜めて植物の水遣りなんかに使うものらしい。これも複数見かける。僕は長らく「天水樽」の誤字ぢゃないかと思い込んでいた。いやはや(天水尊[ググる!])。
すでに製造中止になったとか。これが眺められる時間もそう長くはないのかもなぁ。
最後の天水尊はさておき、さすがに大震災と戦災を経験した下町ならではの備え、ということなのだろうか。他所でだって見かけられるものなのだろうとは思うけれど、たぶん数はこの界隈に勝るところってないんぢゃないかな。
とはいえ、防火の備え以上に老朽化した木造家屋が結構残っていることが気になる。そうした家屋が、たとえば京島界隈を歩く楽しみでもあるのだけれど、「M7級首都直下地震、4年内70%…東大地震研」(読売新聞) のような報道を目にすると、やはり心穏やかではない。新しい備えを考えないわけにはいかないんだろうけれど。さて。
朝日新聞出版 (2011-10-13)
三浦は、かなり苦手な論者さんなのだけれど、最近のスカイツリー界隈の散歩本の中では抜きん出ていると云わざるを得ない。癪だななぁ。うー。






























