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最終更新:2014-04-23 01:50:27  
20140423005603

大阪府西堺警察署の福田交番。

なんだかずいぶん独特。単純に下手糞ときめつけるにはもったいない魅力がそこはかとなく漂う。


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日本の警察のシンボルマーク*1

よく見ると警察のシンボルマークもずいぶん独特。フツーは右図の通りだよなぁ。五角形に収まる全体のバランスがまったくない。大きめの光芒が全部で7本。

有名な書家さんが書いたんだろうか。それともやっぱり近所の子どもたちの書いた字を寄せ集めてまとめたんだろうか。魅力的には違いないが、判断には大いに悩む字とシンボル、人心を惑わす看板ぢゃないか。

うーん、どうしてくれようかぁ\(^o^)/


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最終更新:2014-04-22 12:06:50  
20140419211808

一体どういう計画/無計画によってこういうパッチワークは出来上がるものなんだろう?


へぇー!っと思った話を一つ。

さて、私たち現代人は通常、狩猟採集社会→農耕社会→産業化(ないし工業化)社会という大きな歴史の流れを“進歩”ととらえ、また実質的にはそのプロセスにおいて「豊かさ」が増大してきたと考え、またそう教えられてもきているので、そうした理解の枠組みからすれば、狩猟採集社会などというと、食糧の欠乏やその不安に常に脅かされた(あるいは食糧や資源をめぐる抗争に明け暮れるような)貧しい社会、と当然のように思いがちである。

しかしながら、ある時期からの人類学的研究は、そうした通念が根本的に誤っており、むしろ狩猟採集社会は「最初の豊かな社会」と表現されるような、食糧や労働時間等における生活の豊かさを実現していた社会であることを示すようになった(その先駆的な代表的著作としてサーリンズ[1984]*1)。

最近の例では、アメリカの経済史家のグレゴリー・クラークは『10万年の世界経済史』の中で「原始社会の住民は、1800年当時のもっとも豊かな社会の住民に匹敵するほど、高水準の生活を送っていた」とする。

そして「1960年代以降におこなわれた、狩猟採集民と自給農耕民の時間配分に関する体系的調査の結果、狩猟採集社会での労働時間は驚くほど短いことがわかった」としつつ、「このように、紀元前1万年と西暦1800年を比べると、物質的生活水準は同じだったと考えられるものの、狩猟採集社会の労働時間は短かったとする人類学者の説が正しいならば、定住農耕社会の成立を機に労働時間が長くなったことで、実質的な生活水準は下がった可能性が高い。新石器革命(引用者注:農耕の成立とほぼ重なる)*2は余暇の増大はもたらさず、労働時間が延びても物質的な見返りはまったく増えなかったのである」と述べている(クラーク[2009]*3

広井良典『創造的福祉社会』(ちくま新書)pp.167-169

ここで語られる労働時間の問題が正しいとするなら、國分功一郎『暇と退屈の倫理学』(朝日出版社)*4が議論の前提としていた人類進化にかかわる話はけっこうぶっ飛んぢゃうんぢゃないかしら? 農耕社会のヒトよりも狩猟採集社会のヒトのほうが暇と退屈を持て余していた可能性が高いことになっちゃうもんね、労働時間がうんと短かったのなら。もちろん、農耕社会以降の有閑階級ほどの暇と退屈だったかどうかはアレだけれど。

何にせよ、狩猟採集社会と農耕社会の労働時間の話には、とりあえずびつくり。

要するに農耕ってのは、狩猟採集に適した自然環境のないところに人類が進出した結果生まれたということになるらしい。

しかしまぁ、いったんそう云われてみると、農耕社会の起源としてはそれ以外考えられないような気もして来る。いい加減なヤツだな>自分\(^o^)/





最終更新:2014-04-20 21:47:07  
20140419144937

ん!?、、っとどこかで見たような地名ぢゃないか、とよく見てみれば「九」の字が足りない(^_^;)

そういえば、「九」の字があるほう、もう全然話題にならなくなったな、と、ググってみると、そうなのか、地上から消えてなくなっちゃってたのか。「上九一色村」(Wikipedia) はてなブックマーク - 上九一色村 - Wikipediaに目を通していると、細かな本当のところはわからないけれど、やはりオウム真理教の件の影響かと思えるアレコレがあって「上九一色村」という地名は消えたように見える。余所者が勘繰っても仕方のないことではあるけれど。うーん。

なんとなく日本版マコンドみたいなことを妄想したりするのは、さらに烏滸おこがましいか。


アクセスログを覗いていたら、「マンホール 缶バッジ[ググる!]」の検索キーワードでのアクセスがいくつか。こういうアクセスがあるということは……、とググってみたところ、うーん、もうマンホールの蓋の缶バッジって商品として存在していたのね\(^o^)/「マンホールの蓋のデザインの缶バッチってあってもいいんぢゃないか」 はてなブックマーク - 極私的脳戸/日々の与太 » 本日の埋草/マンホールの蓋のデザインの缶バッチってあってもいいんぢゃないかなんて、こういうのを思いつくヤツは滅多いるもんぢゃないだろうと思って書いたんだけれど、世の中そうは甘くなかったということかぁ。うーん、残念無念。

とはいえ、こういうのは先取者に何か独占権があるというものでもないだろう。販売ページを見ても自治体にデザインの使用許諾を得たことを示すような記述もないし。だからして、少なくとも堺の観光土産の一つとしてどうかというアイディアは生きている、ということにしておくべし。


というわけで、国語屋先生、儲かっても晩飯を奢っていただかなくてかまいません…(;´Д`)ウウッ…



ガルシア=マルケスのこと、ノーベル賞受賞演説など交えつつ。

ネットで見られる海外メディアではまだ報道が続いている。

別に、翻って日本のメディアはぁ……みたいな話はする気はない。テレビも新聞も目にしないしラヂオも耳にしないから、取り上げているのにそいつが僕の耳目に触れないだけなのかもしれないし。僕自身、ここんところ、ずっと読み返すこともなかったし、そういうアレで文句を云ってもアレだしな。あれあれ。

どちらにしても、日本の、ネットを含めたメディアさんが僕好みのものになってくれるように期待するより、せいぜい英語の聴き取りがもちっと何とかなるようにがんばるってあたりを考えたほうが、手っ取り早いのかもなぁ、と絶望的なことを考えるだけだ\(^o^)/。デモクラなうのだと、transcriptつきなので、そのへん、いくらかは助かる(かどうか\(^o^)/)

っと、transcriptのあるページは、それぞれ以下の通り。


とはいえ、英語の早期教育というのは球状人間グローバル人材などというようなフリークス有為の青年たち育成以外にもひょっとすると重要なのではないかと思えて来なくもない、程度のことは感じないでもないかなぁ(ヾノ・∀・`)ナイナイ


というかまぁ、そこいらへんに関しては世の中のことよりもまず自分のことだな、気にしておくべきなのは\(^o^)/。ガルシア=マルケスも、折りあらばさっさと読み直そっと。何度も思い出そうとしているのだけれど、冒頭銃殺部隊に直面する登場人物の名前が思い出せない。結構かっこヨサゲな出だしだったのに、情けないったらありゃしない…(;´Д`)ウウッ…


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最終更新:2014-04-19 20:03:38  
20131028074309

※写真は本文となーんの関係もありません。


ちょいとメモ的に。入試向き評論読解入門一歩前、みたいなやつをいっちょ。


段落内の構成/事例1

じぶんの身体というものは、だれもがじぶんのもっとも近くにあるものだと思っています。たとえば包丁で切った傷の傷みはわたしだけが感じるもので、他人は頭でわかっても、わたしの代わりに痛んでくれるわけではありません。その意味で、わたしとはわたしの身体であると言いうるほどに、わたしはまちがいなくわたしの身体に近くにありそうです。

鷲田わしだ清一きよかず「ひとはなぜ服を着るのか」による)*1

第1文が段落のトピックのあらましをまとめてくれている。

第2文はその内容の事例。しかじかの事例があるから第1文の話ももっともでしょ? と第1文をサポートしている。この第2文によって、第1文の「もっとも近く」といった表現が単なる物理的距離のことを語っているのではないことがわかるでしょ。おかげで第1文の内容はより明確になったといえそう。たぶん、自分の身体のことは自分がいちばんよく知っている、みたいな感じなのかな。

第3文は第2文を踏まえて第1文の内容の正当性を確認している。「その意味で」という限定や「あります」と断言しないで「ありそうです」としているとこいらへん、何か後でアレコレありそうかもなって感触、なきにしもあらずってところか。第2文で説明された範囲を外れたところで、第1文で示さえた内容を裏切るような話がこのあと登場するのかもって感じ。というあたりを気にしつつ、次の段落を読むという具合になってくるといいところかなぁ。

そういうふうに整理してみると、第1文で提示した話題を、第2、3文でちょいと細かく説明しているということになりそう。とすると、とりあえず一文に絞って内容を頭に入れるとすると、

じぶんの身体というものは、だれもがじぶんのもっとも近くにあるものだと思っています。たとえば包丁で切った傷の傷みはわたしだけが感じるもので、他人は頭でわかっても、わたしの代わりに痛んでくれるわけではありません。その意味で、わたしとはわたしの身体であると言いうるほどに、わたしはまちがいなくわたしの身体に近くにありそうです。

とチェックしたあたりをしっかり叩き込んで残りはそこそこって感じになるかなぁ*2


評論では、たいていの場合、読者の頭に叩き込んでおきたいトピックをまとめた部分と、トピックの理解の便宜を図ったりトピックとして主張されている事柄に根拠・論拠を与えたりするために置かれたトピックをサポートする部分とに記述内容は分けて捉えられる。うまい具合に文の形にまとめられていれば、それぞれの文を「トピック・センテンス」、「サポート(サポーティング)・センテンス」と呼ぶこともある。

実際には、トピックを語る部分とそいつをサポートする部分と見なせそうな記述が入り乱れている文章だって珍しくない。入試で課される評論は文人さん気質って感じのが多いものだ。だから、いつでも上の例みたいにホイホイ区別がつくってわけにはいかない。自分で細かい整理を試みなければならない場合もある。でも、考え方としてはいつでも念頭に置いておきたい区別ではある。

また、今回はパラグラフ・ライティング[ググる!]っぽい構成がなされている段落を選んだから、段落内にトピックとそのサポートが登場したけれど、ものによっては別の段落で語られたトピックのためのサポート的な内容だけで成立している段落だって珍しいものではない。でも、そういう場合も、自分が今目にしている記述がトピックを語るものなのかサポートのためのものなのかを意識しておくってことはあっていい。


なぜ分けて捉えるか

そんな面倒臭い分別をなぜわざわざやらなきゃいけないのか。簡単にいえば、文章が頭に入りやすくなるからだ。

評論の苦手なヒトは、どうもメリハリなくずるずるべったり文章を読んでしまう。重要な部分もそうでない部分も同じウエイトで理解しようとしてしまう。そのためかえって、論旨を正確に頭に入れられないまんまになっちゃう。評論読解問題でむやみに時間がかかるってケースを見ていると、その根本原因はこのへんにあるってことが多い。論旨が頭に入っていないから、選択肢のどうでもいいような修飾語句に惑わされ、関係する箇所を探すためだけに本文を何度も読み返さなければならなくなる。

そういうタイプのヒトがなすべきなのは、文章の構成のなされ方を頭に入れながら読む習慣を身につけることだ。読みに、《トピック/サポート》の区別を気にするようなメリハリをつけるだけでも、ずいぶん読みの手応えは違ってくるはず。要約・要旨把握ともなれば、こうした区別は不可欠のものとなる。で、そういう読みの習慣をつけることは、受験勉強としてだけ重要なのではなくて、お勉強を離れて、自分で読む場合にだって欠かせないこと。そこいらへんの面倒臭いお説教にはここでは立ち入らないが、何となくでいいから頭にとどめておくべし。


「その2」では、今回取り上げた文章の第2段落へと読みを進める予定。段落と段落の関係、複数の段落から構成を考えるつもり。予定は未定だし、いつになるのやらなーにも考えていないのだけれど\(^o^)/


ぶつくさ

「お金の使い方のプライオリティとか、センター試験現代文とか、とか」 はてなブックマーク - 極私的脳戸/日々の与太 » お金の使い方のプライオリティとか、センター試験現代文とか、とかの終わりのほうで触れたセンター試験の大学入試センターの講評「試験問題評価委員会報告書(本試験)」*3中、問題作成部会の《そもそも受験者が文章構成という捉え方自体に慣れていないせいではないか》というコメントのことがずぅーっと気になってて、こうも気になるんなら、このへんなんか書いちゃったほうが、気持ちの上ではかえって面倒臭くないか、というわけで思いつき的に本エントリを書いてみた。受験生くんたちの文章構成の捉え方が甘いというのは評価委員会コメント以前から感じていたわけだしなぁ。

いつまで続くかわかったもんぢゃないけれど、下書きのようなつもりで断片を書いて、たまったら整理して「Garbage Out!!」 はてなブックマーク - Garbage Out!!ででも改めて公開するつもり。もうずいぶん更新してないもんな、あっち。


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実はこちらは未読。さっさと読んぢゃわないとな。


  • 注1 ここでは石原千秋『評論入門のための高校入試国語』(NHKブックス)から孫引き。ただし、以下の解説は自前でございます。もちろん、「自前」といっても新奇性のあるようなお話はこれっぽっちも登場しませんけど。
  • 注2 というかホントはこのくらいなら全部頭に入れたってバチは当たらなそうだけれど。
  • 注3 残念ながらすでに当該ページは削除されちゃった模様。

最終更新:2014-04-19 02:07:16  

アルジャジーラ。



  • 選び方はいきあたりばったりの適当。ググった範囲では、いつになく英語圏外の報道が多かったような気がする。聞けば、スペイン語圏では聖書以外ではマルケスの本が最も売れているのだそうだから、そういう具合になるんだろう。

    作家さんとしては、もうずいぶん以前に終わっていたヒトなのかもしれないが、『百年の孤独』を曾祖母が101で亡くなった朝に読了した者としては、心が動く訃報だった。

    R.I.P.


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    まず一冊ということならば、迷うことなくこれを選ぶべき。面倒なことを抜きにしてとにかくおもしろい。出版社はいい加減こいつを文庫化すべきだと思う。


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