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リンクのあり方を考えるうえで非常に参考になる文献として、東北大学助教授後藤 斉氏のウェブページが挙げられます。是非とも一度参照されることをお薦めします。
「倫理研第1回議事録」(ised@glocom)、なんだかごちゃごちゃしてるなぁ。ときどき考えるのだけれど(そしてちゃんと調べない(^_^;;、いかんなぁ)、「2ちゃんねる」とか「Winny」とかいったトピックは、本当にこういうことを考えるのに資する話題のピークなのだろうか?
「りゅうりゅうの精神年齢鑑定」、僕は49歳(ちなみに実年齢45歳)でおじいさん度86%だそうな。うぅ、ぅぅうん。
Come Clean、(「百式」経由)。年末向き。
「Audacity」(「バビロニック ドットコム」経由)、フリーでマルチプラットフォームなサウンド・エディタ。
「Cut And Paste: A History of Photomontage」(「四軒丁」経由)。
「脳の画像は嘘つきを見つけることができるかもしれません」(今日のNature)、現行の嘘発見器が1915年にさかのぼる起源を持っていたってことをそもそも知らなかった。
「作物管理は、遺伝子組み換えの討論での重大な役割を得ます」(今日のNature)、うぅぅん。
先月15日からGoogleのAdSenseを使っている。でも、「極私的脳戸」程度のアクセスでは、まずクリックは期待できないだろうと思ってたら、28日、1回クリックがあったみたいだ。0.003弗の収入(もちろん、この金額では受け取れないのだけれど)。Amazonのほうは、167円の収入に到達(!)(もちろん、10000円を突破するまでお金は受け取れないのだけれど)。さらに、bk1のほうは、「小論文の道具箱」以来、211ポイント(売り上げの3%が書籍購入の際、割引ポイントになる)。というわけで、煙草代も出ない(あ、bk1のを入れれば一箱は買えるか)。アフィリエイトについていろんな本なんかも出てるみたいだけど、アクセス集めの努力でもしないと、「アフィリエイト生活」みたいなものはできないのだ。働かざる者喰うべからず。
86年。どのアルバムを聴いても大差ないような気もするが、この人のトレードマークともいえるトランペットの音色はどういう音楽の中で聴いても気持ちいい。けれど、ニューエイジ的イカ物感満載の胡散臭さが漂ってるあたり、好みがわかれるかも。
5420歩。5*4=20だな。ちょっと、風邪をこじらせそうな気配。
Pointing UP は82年、Playing by Ear は84年。どちらも今は単独では入手できない。その両方をまとめたアルバム(って、このアルバムだって、Amazonで確認したら在庫切れぇ)。現在の、バリバリの叩き系ギタリストの面影は片鱗さえない。Michael Hedgesの Aerial Boundaries が84年。Preston Reedも、彼自身のプレイを見い出すにはやはりMichael Hedges体験を通過する必要があったのだなぁ、と改めて感じさせる。
とくにPlaying by Ear所収の作品になると、自分のプレイの殻を突き破ろうとして、なかなかそれができないでいるもどかしさみたいなものを強烈に感じる。その殻を突き破るのには奏法そのものからの変革が必要だったのだろう。多くのヘッジスクローンたちと違って、この人にとってはHedges経験は必然だったんじゃないか、という気がする。
もちろん、そうしたあれこれがこのアルバムをいっそう興味深いものにしてくれているけれど、そういうのがなくても一通り聴けるアルバムになっている。Leo Kottkeばりの12弦ギターの演奏なんかもあって、ま、ギター史のことなど忘れて聴くが一番か。
「お星様とコンピュータ」、そのときどきの正座早見になってるトップページがいい。僕は部屋から見える東京、東の空にセットしてある。でも、窓から星などほとんど見えないのだけれど。
| Blog Demographics | ||
|---|---|---|
| 年利層 | 年齢別Blog作成者 | 割合 |
| 10-12 | 55,500 | 1.3% |
| 13-19 | 2,120,000 | 51.5% |
| 20-29 | 1,630,000 | 39.6% |
| 30-39 | 241,000 | 5.8% |
| 40-49 | 41,700 | 1.0% |
| 50-59 | 18,500 | 0.4% |
| 60-69 | 13,900 | 0.3% |
| 合計 | 4,120,000 | 100% |
| データ:Perseus Development Corp. | ||
「数字に見るブロゴスフィア---Blog トレンド調査」(japan.internet.com)、日本でもある程度似ているといえるんだろうか。Blogの書き手の年齢層は、日本の場合、30代の方にピークがありそうな気もする(自分が巡回しているところだけで判断してる可能性もアリ)。日本は、記事末尾にある「古い調査」の段階に近いのかな?
《Blog のトラフィックは、 Webで伝わる特定のイベントが発生すると急増することが知られている。1月のアイオワ州党員集会では、Howard Dean候補の「絶叫」がダウンロード人気トップに躍り出て、Webのトラフィックが一気に急増した。comScoreのデータによると、Blog関係ではほかにも、米市民のNicholas Berg氏が5月に斬首されたときや、7月の民主党、そして8月の共和党大会、9月のKryptonite錠論争、そして最も最近では大統領選挙当日の11月2日が突出しており、大統領選当日には Blog のトラフィックが平均で約130-200%増加したという》というほどの熱気も、まだない。まだなのか、ずっと来ないのか。むやみに熱くなっても意味はないのだけれど。
「Note to Religion Editors: Public Doubts Darwin, Evolution, Poll Finds」(editor & publisher)、《Almost half of Americans (45%) believe that human beings "were created by God essentially as they are today (that is, without evolving) about 10,000 years ago," acccording to Gallup's poll》。これはなかなかすごいこと、なんだろうなぁ。小学生が地動説を知らないくらいどってことないのかもしれん、という気になってくる。しかし、考えてみれば、日本は共和党に先駆けて教科書から進化論を排除しちゃったんだもんなぁ。この先、どんな具合になるのか……。
「コピーコントロールCDを徹底的に総括する」(asahi.com)、文化庁、お上がなぜにことほどさようにお馬鹿なものを擁護するのかといえば、著作物、情報へのアクセス制限、アクセスコントロールを当たり前の社会的事実にしてしまおうという魂胆があってのことだったのかもしれん、という妄想が湧いてきたぞ。
「Carpe Diem.」さん、この間のここでのコメントにていねいな言及。おかげで、「社会的文化資本」と「文化的社会資本」というふうに、僕自身がいい加減な言葉遣いをしてたことを発見(^_^;;。やれやれ。「社会的文化資本」のほうが正しいでっす。ま、与太だからどっちがどっちだとして、意味に大きな違いはなかったりしそうだけれど。うぅぅぅん(cf. ブルデュー『ディスタンクシオン---社会的判断力批判〈1〉』、などと大げさな参照をつけてみたりして)。
城田じゅんじの判決が出てた。懲役5年。
「TOKYO FOLKORE CENTER」、学生時代に2度だけ出かけたことがある。「イカ天」で「たま」が言及していたのを耳にして、まだあったのかぁ、と思っていたのだけれど、まだあったんだぁ。僕の記憶の中の国崎氏は、トップページの写真より遥かに怪しい感じを漂わせていたんだけれど……。単に髭を伸ばして酔っぱらっておられただけかもしれない。ついでに検索してみたら、なぎら健壱による紹介なんかが出てきた。「あとでマスターに『7人だけでしたね』って言ったら、『いや、あれだけ入れば多いほうです』って(笑)」
そういえば、初めてフォークロアセンターに行ったときには、出演者のフォークデュオほかは、僕とマスターしかいなかったのだった。あれはなかなか気まずいもんだ。男女カップルデュオのグループの名前は忘れちゃったけれど、男性氏が弾くギターがフォークにあるまじきフュージョンな早弾きだったのに度肝を抜かれたのはよく覚えている。ラリー・コリエルが好きだとか云ってたっけ。
風邪が本格的にこじれてきた。まずいなぁ。
625歩。風邪でダウン。躰がだるい。頭がぼぉっぉぉっとしてる。1日寝たり起きたり。の割には歩数が増えてるのは謎。
1971年。Joni Mitchellにハズレなし。歌もいいし、ギターもいいし、曲も歌詞も文句なし。バックにStephen Stills、James Taylor、Russ Kunkelなど。にしても、こういう歌詞って、日本語の歌には盛り込めないよなぁ。うぅぅん。
4144歩。あと100歩でひさしぶりのゾロ目。鼻水止めでトリップしながらもお仕事。
Categoryの登録数を30に限定した。古い記述はArchiveから探していただくことになる。
1985年。歌そのものの核は変わらないのかもしれないけれど、バックの音作りは考え抜かれた凝ったものになっている。だから、ポップスであるには違いないのだけれど、そこから絶えず半歩はみ出すところがあって、その「半歩」をどう受けとめるかが、たぶんJoniへの評価を分かつことになる。はみ出し切ったものを好む者、収まっているものを好む者、そういうスタティックな耳には向かないんだろう。
はみ出す外ともとどまる内とも分かちがたい薄明の闇、半歩踏み出す先は、どんなに覚束なくとも絶えず自分で決断しなければならない。そういう緊張感がJoni Mitchellの音楽にはいつもあるように思う。
「変わりゆく日本語の実態調査」(ATOK.com)、「模造紙」のこと、僕らは「ハトロン紙」と呼んでいたような気がする。ちなみに「模造紙」が模造しようとしたのは和紙なのだそうな。
「インフルエンザ流行レベルマップ」(国立感染症研究所)、今のところ《全国レベルの定点当たり報告数は0.063であり、これは第47週1週間に一つの医療機関当たり、0.063人のインフルエンザ様疾患の患者が受診したということになる。これまで学校における小規模の集団発生が数件報告されているが、地域的にも注意報レベル、あるいは警報レベルを超えているところはみられず、全体的には散発的な発生状況である。これまでインフルエンザウイルスは、 25件の検出が報告されており、そのうち20件がA/H3N2(香港)型である》とのこと。
結城 浩「Kiss Reader」、《ローカルディスクに結果を保存するRSSリーダー》とのこと。
「人間の活動はヨーロッパの2003年の熱波に関係しました」(今日のNature)、《英国のHadley Centre for Climate Prediction and ResearchのPeter・Stott氏らによって、特定の開始条件に基づいて、1920年から現在までの期間のヨーロッパ全体の温度傾向を予測することができるコンピュータ・プログラムが作成され、人間が排出した温暖化ガスによって気温が平均して0.5℃上昇しており、昨年夏にヨーロッパで起きた熱波のような高温のリスクを2倍に高めている、という結果が出ています》とのこと。
「古代の哺乳動物の遺伝子が再構築されました」(同上)、《DNAは5万年以上遡って正確に復元する事は出来ないそうです。その為それ以上昔の生き物についての情報を得る為には、コンピュータ・プログラムによって現代の動物から過去に遡って推測をするという手法がとられているそうです。現代の動物たちのゲノム情報は近年非常に大量に解析が行われている分野ですが、ブタ、人間、ネズミを含む、19の現代の哺乳動物の情報を使って、カリフォルニア大学サンタクルーズ校の研究者達がコンピューターによるゲノム解析の新しいアルゴリズムを走らせ、7000万年程昔に生きていた「ほ乳類の共通の祖先」のゲノムを再構成しています》とのこと。とすれば、将来可能な種のあり方も予想可能になる?
「UNIX訴訟の合意内容が明らかに---SCO、苦境に」(ITmedia)
「森達也監督 作品上映と講演」(明治学院)、《2004年12月11日(土)13:20‐ 入場無料、会場:明治学院大学 白金校舎》とのこと。気になるが……。
88年。声を核に据えた音楽は、情感豊かではあっても抜き去りがたい不自由を抱え込んでしまいがちなのだけれど、Joni Mitchellの場合はそういう陥穽をいつも免れている。なぜなのかはよくわからない。彼女の声質のせいかと思っていた時期もあるのだけれど、このようなアルバムを耳にするとそうじゃないことがわかる。で、なんでなんだろ、とまた呟かなければならなくなってしまう。
客として招かれた声、主としてアルバムを貫く声、きれいに和するのでもなく斥け合うのでもなく、intimateととりあえず呼ぶしかない名指しがたい雰囲気の中で、伴奏(なのだろうか?)の楽音とともに混じり合う。歌詞の重さ/軽さとは別に、うっとりと聴き惚れるよりない。
4054歩。寒さが緩むとホッとする。いや別にしゃれじゃなしに。
1972年。聴き返すのはもう本当に久しぶりなのだけれど、あぁ聴き返して良かったなぁ。再解釈の積み重ねが、音の幅を少しずつ広げていって、こういうところからParis, Texas、ブエナ★ビスタ★ソシアル★クラブまで伸びてゆく活動を思い浮かべてみると、ちょっと胸に迫るものを感じる。
伊藤直也「人との出会い、不連続な成長が作るキャリアパス」(CNET Japan)、《スタンフォード大学社会学部教授のマーク・グラノヴェッターが1972年に発表した「The Strength of Week Ties (弱い絆の強み)」という論文があります。これまでに書かれた社会学論文のうちで最大の影響力をもつ、とも言われる論文です。▼この論文の主題を簡単にまとめると、「社会的絆によって形成される社会ネットワークにおいては、古くからの友人といった、自分にとって強い絆で結ばれている人物よりも、ちょっとした知り合いのような弱い絆で結ばれた人物のほうが、自分に与える影響が大きい」というものです》、んぅん、そうかもしれんなぁ。
久しぶりに小論文についての質問メイルをもらった。文系で課題文の読みに往生しているとのこと。課題文が読めないって人にはいろんなタイプがあって、一般的なアドバイスはそんなに簡単にはできないのだけれど、お尋ねの主の場合、基本的な語彙力の不足が一番大きな原因だったみたい。う、また語彙力の話かぁ。基本的な抽象語さえわからない段階では、「論理的に読んでもわからない」などという言い草はあり得ない。だって、そこらへんわかってないと論理なんかたどれっこないんだもん。
そういう場合、さしあたり現代文の単語・用語集を大急ぎで一通りこなしてみますかぁ、というところ。単語・用語集はまぁ、最終的に本人との相性が大きい。最近の単語集はいろんな工夫を凝らしていて、その工夫が向き不向きにつながってるところがある(中には「観念」と「概念」が同じ意味だ、なんて書いてある「と」本もあったりするしぃ(^_^;;)。書店で立ち読みしてあれこれ比べてみるべし。決まらないなら、青木の現代文「単語の王様」--代々木ゼミ方式あたりから始めればいいんじゃないかな。残念ながら、それで完璧ということはあり得ない(他の単語・用語集でもね)。でも、とことん基礎力に欠ける人の場合、基本的な言葉がわかるだけで読める内容は格段に増える。青木先生の「単語の王様」、辞書代わりにはならないかもしれないけれど、辞書と併用すると基礎力のない人や単語の理解が中途半端になっちゃってる人にはものすごく効果的だと思う。類書の中では後発であるぶん、そこいらへんよく考えられて書かれている。
あとは硬めの書き言葉と顔馴染みになること。毎日20分程度新書類の立ち読みに精を出しなさい。で、家に帰る道すがら、読んだ内容を頭の中で反芻整理してみる。毎日続ければ一ヶ月くらいで課題文の頭への入り具合がずいぶん変わってくる。経験則だから絶対の保証はしないけど、ま、試してみ。
早稲田通の「シェ・ヌ」、閉店していたのが知らない間に、「シェ・ヌ II」になって開店していた。そうだ、宝くじをかわなくちゃ。(『我らが仲間』つながり)。
とてもセンスのいい作品を作る人。でもまだまだすごいものが作れそうに思える。John RenbournもMichael Hedgesも好きだという人には、お薦め。両方の演奏/アンサンブルのやり方をうまく自分のセンスでまとめているという感じ。使ってるギターも良さそう。いい音に聴こえる。
8757歩。神楽坂あたりまで久しぶりに歩いた。風邪がまだ残っていて、飯田橋でダウン。
せっかくの気温が、今はもうどんどん下がっている。鬱だ。
68年。高校からずっと聴き続けてるアルバム。これに出会わなければ、ギターを今まで触り続けてたりはしなかったんだろうなぁ。
ブリティッシュ・フォークということになっているけれど、知らない人には「アコースティックでレッド・ツェッペリンしてるアルバム」と紹介しておくのがいいのかな。他のアルバムも部分的にはイカすのだけれど、アルバム全体となると、これがお薦め。
「続・Bloglinesのススメ」(hail2u.net)、Bloglinesの使い方。Bloglinesは、ウェブ型RSSリーダの元祖的存在(ホントに元祖なのかどうかは知らないけれど、たぶんもっとも有名だとはいえそう)。
RSSリーダとは、すごく簡単にいうとブログの更新状況を手許で確認するためソフトウェアのこと。サーバ上に設置される場合もあるし、自分のマシンにインストールして使うのもある。インストールして使うタイプのも、いろんなところからフリーで出てたりする。最近でもgooかなんかも配布し始めてたんじゃなかったかしら。「脳戸」を書くのに使っているThingamablogにも簡単なリーダがついてる。日本語対応が今一つなのだけれど。
詳しい説明は、書店のブログ関連本ででも確認すべし。
「Headlines.jp」、ウェブ型RSSリーダ。
「Blogger Corps? 」(RConversation)、ブロガーがどのように現実に働きかけるかについての提案。
三つとも「YAMADAS Project」経由。
「Nvu」、フリーでマルチプラットフォームなウェブページエディタ(なんや、カタカナばっかりになってしもた)。新しいヴァージョンのダウンロード、どうもうちではうまくいかない。どうなってんのかな?
ここしばらく、ウィルスメイル、spamメイルが急増したような感じがする。spamは鬱陶しい以外の何物でもないけれど、ウィルスメイルの方、詐称していると思しい差出人アドレス、どこでどういうふうにして僕のアドレスと結びつくことになったんだろうと不思議な気分になることがある。
9512歩。一つ飛びで読むと、9+1=5*2となるんだけど……。
Rittor Musicから出ているベスト盤つき譜面集のCD。合わせて3000円はお買得。でもbk1にもAmazonにもおいてない。
ガット/ナイロン弦のギターの音色を聴いていると、スティール弦の響きの貧しさを感じることがある。ナイロン弦の方が、通常の演奏の範囲でみるかぎり、表現の幅と繊細さにおいて勝る。スティール弦の魅力とは何なのだろう? 明らかに自分はスティール弦のギターに心惹かれているのに、どうも適当な言葉が見つからない。
鎌田裕一郎「RSSを使っていますか?」(文化環境研究所)、RSSについての入門的な説明。先日の僕の記述よりずっとていねい。おっさん、何ゆーとんねん、と感じた人はご一読を。▼僕はRSSって、ブログと共に生まれたものと思い込んでいたのだけれど、実はそうではなかったらしい。ここでの説明によれば、IEに対抗するテクノロジとしてNetscapeが開発したのだとされている。ホントなの? ちょっと怪しいんじゃないか? とはいえ、RSSの概要は問題なく理解できる。
「総合目録ネットワークシステム」(国会図書館)、《本システムは、国立国会図書館、都道府県立図書館の一部、政令指定都市立図書館の一部の所蔵する和図書の総合目録データベースシステムです》とのこと。
「オープンソース・ソフトウェアに新たな販売ルートが誕生」(japan.linux.com)、《Red Hatの創業者Bob Youngの発案になるLulu.comは、作家・演奏家・写真家・アーティストなど発表の機会を求める人たちに、たとえ手元不如意でも自分の作品を発表し販売する機会を提供する。しかし、 Lulu.comは、単なるオンデマンド出版社ではない。オープンの精神に忠実に、それはコミュニティ---互いに経験を共有し助言を求めることのできる、芸術家たちの隠れ家---でもある。コラボレーションし創発の機会を希求するネットワークなのだ。オープンで、フリー。そういう場が今ソフトウェア開発者たちにも開かれた》とのこと。
Variax Acoustic 700、全然知らなかったのだけれど、このギターの評判、あるいは自身がお使いになっての感想などあれば、知りたいなぁ。ものすごく気になる。
寺田寅彦「科学者とあたま」(青空文庫)、ちょい仕事の必要から。ひさしぶり読み返して、つまらない比喩なんかも混じってはいるけれど、改めて興味深く感じた。現代文、小論文ともに大学入試高校入試ともに出題歴アリ。
「サメ襲撃、イルカの群れが少女ら囲んで守る NZ北島」(asahi.com)、《イルカが遊泳者を守った例は、ほかにもある。オークランド大学のコンスタンチン博士は「イルカには弱者を助ける習性がある」という》とのこと。そういう性格って、進化の過程でイルカに有益な要因だったのだろうか? どんなふうに?
8482歩。
88年。ちょっと退屈。TelexはNeurovisionだけって感じなのかなぁ。
「音楽レコードの還流防止措置について」(文化庁)、たとえば、提示されるイメージ図からは《我が国の音楽文化の積極的な海外普及を促進するもの》であることなど、一向に伝わってこない。いい加減なおためごかしは止めるべきだろう。図そのものからして、コンピュータで作成してプリントアウトしてスキャンしてるような、なんかいい加減な作りなんだよなぁ。
ちゃんとした技術がありながら、こういうやり方しかしないところに、彼ら(誰だ?)の音楽への愛情の欠如が露呈している。
ちょっとブックマークし忘れてしまったのだけれど、とあるページで見つけた。中尾先生のお名前を久しぶりに思い出す。
| オーストロネシアの民族生物学 | |
![]() | 中尾佐助編・秋道智弥編 出版社 平凡社 発売日 1999.01 価格 ¥ 6,720(¥ 6,400) ISBN 4582483054 |
東南アジアからオセアニアの海に向かった集団、オーストロネシア語族。オーストロネシア文化の歴史を、その集団と植物や動物とのかかわりに着目し、人々と海の世界、森の世界を描く論文集。 [bk1の内容紹介] bk1で詳しく見る ![]() | |
子どもの頃、父のおまけとして先生のご尊顔を拝する機会があったのだけれど、だからもうとてつもなく昔のことではあるのだけれど、先生のお声とパッと周囲にエネルギーを発してらっしゃるみたいな表情は今でもくっきり思い出せる。
上記が高すぎるぜぃとかいった不届き千万な輩くんには、『照葉樹林文化』(中公新書 201)をお薦め。bk1の紹介では上山春平の名前しか出てないけれど、手許のにはちゃんと先生の名前も出ている。どっちもおもしろい。読まない人生は不幸だと断言しておく。
1818歩。準引き籠りの一日。
11月22日来、安野モヨコの日記に登場するジャックという猫がとてつもなくかわいい。
2003年。どの作品も美しい。
Stargazer、Astronauts、Spinning Quasarというタイトルと、Turlough O'Carolanのメドレーあたりのコントラストが、アルバムのコンセプトを暗示しているみたいで何となく気になる。でもアルバムタイトルはそういうコントラストにフェイントをかけるもの。Night Jasmineは、夜香木(ヤコウボク)といわれ、夜のみ芳香を放つ。これはこれで意味ありげ。
タイトルが気になるのは、オリジナル作品のどれもがきれいにタイトルにハマる雰囲気を持っているからだ。映像を喚起するというのではなく、物語を喚起するタイプの曲作りとでもいえばいいのかなぁ。そういうものにはいろいろ善し悪しがあるようにも思える。でも、これらの作品群は、変に大げさなところがなくていい。大ヒットするようなタイプではないが、もっと聴かれて然るべきアルバムだと思う。
……「評論家」あるいは「新聞書評」の権威が地に堕ち、それに代わる読者への推薦人として「書店員」というのが挙げられている。・・・が、それ自体がもう無理があるのではないかという指摘。たしかに、すでに一部の「ベストセラーを発掘する書店員」はメンバーが固定化していわばセミプロ化している。残りの大多数の書店員は本を読む暇もないほど忙しく、「何か面白いものを」という読者の声を代弁するのは難しい。新しい推薦者の一つとして「amazonの読者コメント」「本関係のblog」というのも考えられるが、まだまだ本流とは言いがたい。
★それでも自分が「書店員=本の推薦者」にこだわるのは、自分がすごーくたまに行くCDショップで、いまだにショップ店員のコメントを参考にしているからだ。宣伝や店頭販促も派手な有名アーティストの新作は指名買いしに行くが、それ以外に「なんか自分の好きな音を」と思ったときには、私はメガショップの決まった店の決まったコーナーで「あの書体の人」のコメントを探してそれを参考に試聴する。音楽雑誌も音楽に関するWebも一切読まない私にとっては、それが唯一の出会いの場なのだから。
僕が行くCD屋さんでも、店員さんの博識ぶりには驚かされることってある。聞いてもいないことまで、長々とお教えくださるのは、ちょっと困るけれど、困ったなぁと思いながらも楽しく話を聞いてしまう。でも書店ではまずそういうことはない。ちょっと詳しい書店員さんでも、CD屋さんの水準にはかなわない(古本屋さんとなれば、また話は別だけれど)。店頭に出ている店員さんのコメントも、CD屋さんのほうが簡潔であっても情報量が多いように思える。これはちゃんと確かめ直さなきゃいけないけれど、書店のはたいてい新聞の書評で推薦されてたとか「今話題の本」とか、その程度のコメントになってること、多いんじゃないだろうか。
出かけるそれぞれのお店の規模の違いも影響しているのだとは思う。書店は、例外的なケースを除けば、最近は大規模店に出かけるようになってしまったけれど、CDはやっぱりアコースティックギターに強い店だからなぁ。書店だとそういう専門特化したとき経営が成り立たないのは目に見えているようにも思える。
忙しいと質が維持できない。暇になると商売が維持できない。うぅぅん。CD屋さんってのは例外なのかもしれないなぁ。いろいろ無理してがんばってるのかもしれないけれど……。そういえば、ここのところCD屋に足を運んでないなぁ。
中学校時代、進路相談のときに担任のF先生に「古本屋になりたい」と話したことがある。F先生曰く「矢吹らしいなぁ」。そう評してくださったのはF先生だけだった。何となくうれしくなったのを久しぶりに思い出した。でも、今や新古書店以外、古本屋が新規オープンしたって話、聞かないなぁ。いつ頃からだろう?
「週報」改めて読んでみたら……『ガラスの仮面』第42巻12月16日発売との情報!! これはエライことになったぞぉ。
5221歩。あれ、案外歩いてないなぁ。
72年。へんちくりんでがさつな癒し系なんかよりもずっと良質のBGMになる。いやぁ、気持ちいいっす。
「むなぐるま」のお引っ越し。ちゃんとチェックしてなかった。
「ひろゆきとライブドア社長の共通項って?」(佐々木俊尚の「ITジャーナル」、Hotwired Japan、or goo blog?)、今個別指導で担当しているSくん、堀江社長のファンで、自称ねらーだったりする。Sくん自身は現状では多分に能力不足だといわなきゃぁいけないけれど、気質的には近しいところがあるのかもね。
「The Becker-Posner Blog」、ブログ、ブログといっても格が違うなぁ。いやぁ、こういう云い方は陳腐で無意味と知りつつも、つい振り返って本邦では……とか云いたくなってしまう。
「bk1月刊ベストセラー、11月」、こういうことを迂濶に書いてしまうと、また周囲から馬鹿にされそうだなぁ、と思いつつも、『ファウスト』、おもしろい。まだvol.4までは読んでないんだけどね。もちろん、ライトノベルズ特有の、何とも云えない文体の臭みみたいなのが鼻につくことは多いのだ。でも、そういう臭みの少ない、ライトノベルズからはみ出そうとしているような作品もあって、興味深し。ただし、年齢への変なこだわりって、ダサイなぁと思う。全共闘世代の人と若い人には何かしらダサダサな世代論へのこだわりって強いのかしらん。話が紛糾してくると世代論的な話に飛躍して議論が的外れで不愉快なものになってしまうこと、多いような気がする。というのも世代論だけどさぁ。
「中山ラビ☆ジャケットが30x30センチもあった時代」(フィドル少年漂流記♪)、中山ラビの昔々の写真。とうとう今年もラビのライブを見ないまま暮れていく。
「プレゼン道入門---科学研究の口頭発表、ポスター発表のよりよい手法」、勉強になる。でも、ネットでプレゼン関連教材を漁っていると、ページそのもののプレゼンはどうなんだろう?と感じてしまうことって多い。このページもたぶんWordかなんかの出力をそのまま使っているみたい。あくまでお裾分け的な公開ということなんだろうから、あんまりケチをつけちゃいけないんだろうけれど。
「押尾コータローインタビュー」(MSNエンターテイメント)、メジャーデビュー直後以来、MSN登場2度目かな。それにしても、メジャーデビュー前のバンド関連の話、ネット上のインタビューではいろいろ話にヴァリエーションがあるように思える。ちょっと気になるところ。
今さら書くほどのことは残っていないみたいだけれど、話題として取上げているページのたいがいが新聞報道にしかリンクを張ってないみたいだから、まずはもうちょっと結果がわかるページへのリンクを。
後者からは英文のレポート(PDF)がダウンロードできる。ちょっと読み通す気力はないけれど、よほど暇になったら読んでみるかな? う、表データがexcelファイルだよん。やれやれ。
とかなんとかはさて措き……、
今回使用された問題は、次回調査(2006年)にも用いられるために公開されていないけれど、前回調査(2000年)の折の出題例は、「OECD生徒の学習到達度調査(PISA)《2000年調査国際結果の要約》」(文部科学省)からダウンロードできる。学力検査の類では、まず問題がどのようなものかを見ないままでは、その結果についての正確な論評はむずかしい。
今回の調査結果で話題になっているのは「読解力」の低下。でも見てみればわかるように、僕たちが現代文の試験なんかで課される問題から想像してしまうだろう「読解問題」とはずいぶん質が違う問題が課されている。「読解」の対象となる文章も、日本の学力テスト類ならあんまり顔を出さないタイプのものだし、設問もちょっとした小論文というところ。本当は問題数はもっと多いから、これだけですべてが判断できるわけではないのだけれど、
PISA調査では、義務教育修了段階の15歳児が持っている知識や技能を、実生活の様々な場面で直面する課題にどの程度活用できるかどうかを評価。(特定の学校カリキュラムがどれだけ習得されているかをみるものではない。)
という調査の目的を考えれば、なるほどそういうものかもね、って問題だ。「読解力」の定義も
読解力とは、「自らの目標を達成し、自らの知識と可能性を発達させ、効果的に社会に参加するために、書かれたテキストを理解し、利用し、熟考する能力」である。
というものであり、新聞報道の類だけから「読解力低下」の内容を判断すると見当を誤る。問題を見れば、さらに表現力もそれなりに要求されるものだとわかる。ここで問題になる「学力」は、いわゆる「学力テスト」みたいな具合に試される抽象的な「学力」とは趣きが異なるものなのだ。そういう点で、今回の「読解力低下」は、ここしばらくあれこれ話題になっていた語彙力ばかりで測られた呑気な「国語力低下」問題とチャンポンにして扱うわけにはいかない。もうちょっと重要な問題だと思うのだ。で、そういうことと僕自身の経験を重ね合わせて考えてみると、今回の問題だってやっぱり学校教育がどうのこうのといった次元とはずれたところに、大きな原因みたいなのがあるように思えるのだ。
「極東ブログ」では、「日本学生の読解力低下が問題ではなく文化差異が問題だ」として、課された文章をクローズアップして
……これって、「ああ言えば、上祐」じゃないですか…。この問題、日本人の学生に白紙が目立ったというのだが、私は率直に言えば、これに白紙を出した日本人の学生に共感する。くだらねー、やってらんねー。ヘルガとソフィアの写真マダー、である。
しかし、これができることが世界という場に求められているのは間違いないし、日本の義務教育を終えた子供たちは、たぶん、イザヤ・ベンダサンのいう政治天才性を保持しながら、読解力低能の状況となっているのだろう。
どうしたらいい? 結論はついている。こうした読解力を高める以外に日本人が今後の世界を生きていく道なんかないよ、である。すぐわかる。政治天才だものな、日本人は。
と、文化的な違いを問題点の核心と見て、論を展開している。文化的な違いがこの手の「読解」の苦手な子どもたちを生み出してしまうと考えるのは、かなりの程度正しいように思える。それに「日本人が今後の世界を生きていく道」云々も間違いのないところだろう。でもそれだけでは、前回調査からの低下を説明するには不足がある。
低下の直接的な要因は《わが国の得点分布は上位5%、上位10%、上位25%に位置する者の得点は比較的上位にありOECD平均よりも高いが、下位10%、下位5%に位置する者の得点は比較的低い方にありOECD平均よりも低い》(「PISA(OECD生徒の学習到達度調査)2003年調査(要約)」、文部科学省)ことによるものらしい。底辺層の増加というふうにまとめてもいいんだろう。
実際、こうした結果は僕自身の小論文指導の経験からも納得のいくものだ。90年代半ばあたりから、小論文答案のくっきりとした二極分化は進んでいる。上位層は、単に小論文答案がしっかりしているというだけではなくて、自分から進んでいろんなことにチャレンジして高校時代を過ごしている。いわゆる進学校ではそういう生徒は以前からだっていたみたいだけど、学校の偏差値的な階層とは別にそういうことって結構ある、というかほんの少しずつだけど増えてる。ところが、小論文の底辺層の子どもたちと話していると、学科目の成績がそこそこあっても、無趣味であったり学校で習わないあれこれを知らない(たとえば、万引の法則を知らないとかいうタイプ)。で、答案の出来不出来の二極分化はますます大きくなってる。おまけに無趣味、無教養の受験生の増加は、実感としては学力の低下した受験生の増加より甚だしいように思えるのだ。このへん、データがないからあれだけど、同様の立場にいらっしゃる方はどんなふうにお感じだろう?
そういう実感が正しいとすれば、「読解力」の低下の原因は、日本人の多くが漠然と「学力」養成の場と考えている学校とは別のところにあると考えざるを得ない。趣味や教養にまで教育を施してくれる学校なんて、文化系の部活のようなものを除けば、例外的にしか存在していないだろう。趣味・教養と「読解力」がどんな関係にあるのかは断言できない。けれど、趣味という領域は、子どもたちにとって「自らの目標を達成し、自らの知識と可能性を発達させ、効果的に」何かに参加する経験をもっとも持ちやすいものだと考えられはする。そういう経験がさらに「知識の可能性を発達させ」あれこれに応用するような教養の力をも生み出す、みたいな可能性はありそうだ。
で、このへん、またぞろ、子どもたちを取り囲む大人たちのありように関わってくる話になるんじゃないかなぁ、と思うんだけど……。同じような話を繰り返すのは面倒なので以下略。
しかし、とにかく単なる「読解力」ではなく、「自らの目標を達成し、自らの知識と可能性を発達させ、効果的に社会に参加するために、書かれたテキストを理解し、利用し、熟考する能力」が低下しているという今回の結果は、結構重い話として受けとめなければならないのかもしれない。
文化的差異で考えたくなるところの多い出題ではあるのだけれど、よくよくデータを見てみると、たとえば成績そのものは、アメリカなんかのほうがずっと悪い。だから、出題の質そのものに対して感じる違和感のみを根拠に、文化的差異こそが大きな問題だと云い立てることには他にもいろいろ問題がありそうだ。
文化的な差異が問題になるとしたらば、出題に馴染めるにも関わらずアメリカの成績が悪かったってことになる。アメリカの子どもたちはどんな答えを書きつけたのだろう? 人種間格差とか所得格差とかいろんな問題がアメリカにはあるもんなぁ(と安易なことを安易に参照して考えるのはどうかとも思うけどさぁ)。日本の成績低下以上にアメリカの成績の悪さは国際社会にとって不幸なことなのかもしれない。先の大統領選挙が云々……みたいな話はすぐに思いつけちゃうでしょ?
ということで、文化的差異云々は考えるべき事柄としては残こるような気はするけれど、今回の結果そのものに関しては、あんまり大げさに取り挙げるべき主題じゃぁないなぁ、と思う。だからして、上の記事は、書き改めなきゃいけないってのがホントなんだろうけど、与太なんだもん、そんな面倒なことはしたくないので付記にてゴメン。
263歩。左と右をかけ合わせると中央になる。煙草を買いに出さえしなかった。
95年。ありゃ、Amazon品切かぁ。ナイロン弦中心のギターソロ。楽器のせいなのか、この人のナイロン弦での演奏は、少し音が切れ切れに聴こえてしまう。それがなければ、BGMとしては文句なし。
2004.12.11. 明治通り(学習院下)
10718歩。穏やかな一日。久しぶりに歩く。学習院下から目白通りを抜けて護国寺、大塚、庚申塚。風邪が抜けていないのか、「のぞき坂」(だったっけ?)あたりで早速息が切れた。やれやれ。歩きながら『ハイペリオン』上巻読了。ときわ食堂にて下巻突入。おもしろいにはおもしろいけれど、大騒ぎするほど凄いのかなぁ。あんまりの前評判に期待していたせいで楽しみ切れないだけなんだろうか。
ちょろっと言葉としてだけ顔を出してた『ヴァーミリオン・サンズ』の方、久しぶりに読み返してみたくなった。が、帰宅後、探しても見当たらない。bk1では現在取り扱いなし。Amazonではユーズド価格が定価の10倍以上になってたりするから、実はやっぱり品切だったりするのかな? バラードは有名な割に読まれなさすぎぃ。
明治通りの銀杏がきれいだった時期をちょっと外してしまった。どのみち携帯のカメラではまんまに撮れるわけではないのだけれど。
しかし、やっぱり夏の光の下でないとモノの色は映えないなぁ。夜の道すがらの光景でもそう。夏だと、昼間吸収したエネルギーをモノが発してるみたいな感じ? なんて「と」なことを考えたりする。
1967年。歌はヘタくそだし、アレンジもなぁぁ、というアルバムなのに、高校以来結構聴き返している。なんなんだろね? こういうわけのわからん魅力って。
「電気的な精神混乱は幽霊の源になり損ないました」(今日のNature)、旧タイトル「電気的な精神錯乱は幽霊の源として失敗しました」。以前、「折々のリンク」で取上げた話題のその後。
梅田望夫「インターネットの普及がもたらした学習の高速道路と大渋滞」(英語で読むITドレンド、CNET Japan)、でも子どもたちへの教育一般に関して考えれば、できていていいはずの「高速道路」はいっかな見えてこない。「お勉強」に関する程度のものなら、そういうものの整備は技術的にはずっと簡単にできて良さそうなものなのに、と思う。でも、そこいらへんに商売気やら著作権問題やらの下らない欲得が変に絡んで、子どもたちを踏み躙っている。大渋滞の一つや二つ、さっさと起こしてみたいものだ。
「みんなのたのしくスクイーク」(デジタルハリウッド大学院)、おもしろそう。出かけてみたいくらいだけど、対象は小中学生。
「欧州オープンソース動向第一回: EUと各国政府の支持を受けるオープンソース」、「欧州オープンソース動向第2回: 欧州発デスクトップLinuxブームの波に乗るベンダー」、「欧州オープンソース動向第3回: 草の根的に広がるフランスのオープンソース」(いずれもITmedia)。
「dev Linux 月刊「OpenOffice.orgコミュニティ通信」---12月号」(ITmedia)、こういうのがあったとは知らなかった。迂濶。
「『IEでしか読めないページ,Windowsでしか使えないシステムは不適』,経産省が調達ガイドライン作成へ」(IT Pro))、当然のこと。さっさと推進していただきたいものだ。
「AntiVir」、「AVG Anti-Virus」、どちらもフリーで利用できるアンチウィルスソフト。このところウィルスメイルがじゃんじゃんやってきて頭に来てる。とくにWindowsユーザ諸氏は、ウィルス対策をきちんとやってくれぃ。
2004.12.12. 大塚
5129歩。
写真は庚申塚から大塚への途上で撮った。だれも見ていないのに、テレビが大音量でつけ放しになっていた。何となく侘しい感じ。
やっぱり「その気になれば」かなぁ。『1970年』ヴァージョンも捨て難いけれど、こちらのアレンジもいい。「アイスクリーム屋」、「ゆきしぐれ」、「春の日」……。ギタリストとして知られる人に、こういう評言はどうなのかなぁとも思うのだけれど、歌としてよくできてるという感じ。曲だけ歌詞だけをとってみるとどうということはないのだけれど、両者がうまい具合に組み合せられてちょっと素敵な感じ。「夕立ち」では細野晴臣もギターを弾いている。あんまり云われることは多くないみたいだけれど、70年代ニューミュージックの中では細野のアコースティックギターは、光っていたと思う。
CD選書盤なのだけれど、79年録音などと記されている。そんなに遅いはずはないと思うなぁ。だって高校時代にすでに『黄昏気分』とともにNくんの紹介で聴いた記憶がある。歌詞の下に©1972とか©1973とか書いてあって、たぶんそのあたりが本当の録音時期。右の写真は譜面集。高校時代にこいつでギターを練習したのだ。まだ出版され続けているというのは、ちょっと驚き。
何にしてもドキュメントが欲しいと、僕らみたいなパンピーは思ってしまうわねぇ。ただ、ドキュメントがあるのに参照されていないということも結構あって、これはこれでまた考えなければならないこと。
《IBMはコンピューターなどのハード製造・販売事業からソリューションビジネス事業に事業モデルを代えて成功した結果、サービス収入が過半数を占めるようになり、業態はサーボス業に移行している。しかし、米国大学院にはサービスを学術的に解析する専門の学科がなく、サービスを科学的に解明する手法がない》とのこと。そんなもんなのかぁ。《ケロッグスクールのM.ラドナー教授は、「1950年代にIBMがコンピューターサイエンス学科が必要になると主張した際に、多くの大学教員は電子工学科が既にあると相手にしなかった。しかし、現在は米国の多くの大学にコンピューターサイエンス学科を設け、米国のIT(情報技術)産業を支える人材を育成した」との先例を示し、サービスサイエンス学科を設立する重要性を説いた》
「高速道路」ネタつながりで。「その2、3」の方がおもしろいかも。さらに、リンク先の「We The Media - Introduction 日本語訳」(YAMDAS Project)も。
「切込隊長BLOG(ブログ)」経由。そういえばエビ嫌いのAと、すいぶん長らく会っていない。
finalventの日記経由。
在りし日のバンブー茂。
7446歩。金策であわあわ、じたばた。
12日、ちょっとしたアクセス増があったんでログをチェックしてみたら、先日のOECD学力調査についての記述に、「あらきけいすけの研究日誌」で「 [感想] 今回の結果を安易に『ゆとり教育』と関連付けていないところがいい」とのプチコメントを賜っていたことが判明。「脳戸」みたいに混乱していて読みづらいページに目を通していただけることに感謝。
2002年。このところメディアでの露出度もグッとアップしている模様。芸能人化してるとしたら、ちょっとつまらない。
それはさておき、暇ができると「木もれ陽」の練習をしている今日この頃なのだけれど、どうにも和音のロールがうまくこなせない。コータローのロールは途轍もなく美しい。曲自体はつまらなさと紙一重のところまでシンプルな作りになっているから、暗譜そのものは恐ろしく簡単。そのぶん、腕前の違いがはっきりとわかる。うぅぅうん。やっぱり独習だけだと基本的なところが危ういのだなぁ。
7491歩。
2004年、Be HAPPYツアーから。DVDのおまけつき(未見)。秋葉原石丸にて購入。
思っていたよりずっと出来が良かった。ちょっと音が冴えない感じがするのは残念。音作りが課題というのは、実際のライブでもそういうところ、ありそうに思う。
当然MCを収録しろといった声が出てきそうだが、ああいうのはやっぱり会場で一回こっきり味わうというのでいい。ライブに出かけられない人は、の評判がいいだけにMCのことが気になるのだろうけれど、実際のところ話芸というほどのものではない。ライブという文脈で耳にするからおもしろいと感じられるのだ。むしろ、ライブでは評判が良かった「惑星」が収録されなかったのが意外。僕が出かけたライブでは、たしかにミストーンの耳につく折が多かった。あんまりいい音源がなかったのかな。(何度か聴き返しているうちに、それでも一言二言ぐらいのMCは収録されていても良かったんじゃないかという気もしてきた。曲だけというのでは、たしかにオリジナル録音からの多少のヴァージョンアップは楽しめるものの、やっぱりちょっと物足りないかなぁ。それと、大事なこと。あれだけの評判を勝ち取ったファミコンメドレー、たしかにその場でのパフォーマンスと分かちがたいところもあるのだけれど、あの音が公開されることを望んでいたギター小僧は多かったんじゃないかなぁ。あれが収録されれば、アルバム・セールスも格段に伸びるんじゃぁないかと思う。ああいうのは、オリジナル・アルバムに入れちゃうとアルバムの統一感をなくしてしまう原因になるけれど、バラエティの許されるライブ盤なら悪くない)
それに、本当にこのライブ盤は出される必要があったのかどうかと考え出すと、うぅぅん、ちょっと蟠るものを感じないでもない。浮気なファンのことを考えると、40前にしっかり稼いでおかなきゃねってのがあったりするのかな。僕としては、再録音されたベスト盤みたいなものの方が聴いてみたいというのが本音。インディーズの頃から成熟してきたレパートリに改めて耳を傾けてみたいのだ。でもそういうんじゃぁ、ライブ盤ほど売れないんだろうか。
などと、いろいろミソをつけるようなことを書いてしまったけれど、気持ちのいいライブ盤になってる。ギター小僧にならお薦め。
70年代ロック・ミュージシャンの写真。売り物のサンプルが見られる。
《インターネット検索最大手の米グーグルが、米ハーバード大や英オックスフォード大などと提携、オンラインで蔵書を閲覧できる“バーチャル図書館”の構築を目指して作業を始める方針を14日に発表する、と伝えた》とのこと。総計1500万冊、作業に10年間かかるという。これから10年、英語の勉強でもみっちりやり直しますか。
「グーグル、米著名図書館と提携 蔵書検索・閲覧サービス」(asahi.com)、日本語でも可能性はあるのかぁ。でも文字コードやあれこれを考え出すと、結構面倒は多そう。といって画像ファイルなんかで公開というのではありがたみも半減だしなぁ。うまくいってくれるといいけれど……。
過去との比較ができないと何とも云えないところもあるように思う。でも、こういう思い込みが醸成される環境があるから、集団自殺みたいなものが流行ったりするんじゃないのか、って気はやっぱりしてくるなぁ。オカルトの類を平然と垂れ流すメディアなんかは、ちーと自分たちのやってることを反省していただきたいものだ。しかし、ホントに「見たことがある」(11.3%)って、一体?
「おばあさん」細胞の話が通じる人、いらっしゃいます?
これは使ってみればすぐわかることだと思うんだけどなぁ。僕は、MS-DOS、Windows3.1は結構使ったし、95、98、MEもそこそこ使った。Windows2000は今でもNotePCで使ってる。さんざわけのわからない障害に出喰わしてうんざりしたし、いらぬ散財も強いられてきた。GNU/Linuxに移行してからというもの、そういう経験はほとんど味わったことがない。導入初期にはわかんないことだらけで往生したことはあったけれど、今やLinux関連の情報、一頃と比べ物にならないくらい増えている。玉石混淆ってところはあるけれど、ほんの少しの根気さえあれば、ずいぶん快適なPC環境が手に入れられる。
上記記事の詳細なのかな。
スタンフォード大学の5人のコンピューター・サイエンス研究者が4年間にわたり、リナックスの570万行のソースコードを分析したところ、リナックス・カーネルのプログラミング・コードは、企業がコードを専有する大半のソフトウェアのそれよりも安全で優れているとわかったという。
14 日(米国時間)に発表される予定のこの報告書によると、米レッドハット社、米ノベル社をはじめとする主要なリナックスのベンダーが提供するソフトウェアのカーネル2.6では、570万行のコード中、985個のバグが含まれていたが、これは、企業製の商用ソフトウェアに存在する平均的なバグの数をはるかに下回るのだという。たとえば『ウィンドウズXP』には、約4000万行のコードが含まれているが、新しいバグは頻繁に発見されている。
カーネギー・メロン大学サイラボの『サステイナブル・コンピューティング・コンソーシアム』(SCC)によると、ふつうの商用ソフトウェアには、コード1000行当たり20-30個のバグが含まれているという。つまり570万行のコードでは、11万4000-17万1000個という計算になる。
そんなに極端に違うものなのかぁ、とびっくり。
《「子どもがゲームボーイをしている最中はとてもハッピーで、自分がどこに居るかも忘れてしまうのです」とパテル医師(麻酔学専門)としている。同医師によれば、患者の両親の多くは精神安定剤を手術前に与えることに不安を感じているので、この方法で子どもを精神安定させることは非常に有用だという》とのこと。
「見ているところ」の違いが大きいというのは間違いのないところ。数を問題にすれば、質のことなど問えるはずもない(というか、他人様のことは云々できないけど)。でもそういうこと以上に、引っ込み思案だとか云われていた日本人が、こんなにたくさん自分の書いたものを公開し始めたというあたり、ブログやネット上の日記の興味深いところ。こういうのが広がると日本人気質の変化として捉えられるようになるんだろうか?
《12/21(火) 初ゲストに押尾コータロー氏を迎えて、談話・セッション!/大胆カツ繊細カツ軽々と国境越え!押尾氏のしたたるギターの魅力、未映子は近場で吸収/「MAGICAL STREAM--未映子のAmbivalence Machine」/α-station(FM京都)にて毎週火曜日24:00-25:00に放送中。/一時間喋ってます。楽曲も様々、日常も様々。火曜日深夜は聴々是非》とのこと。コータローと未映子という取り合わせはちょっと不思議。京都の番組じゃぁ聴けやしないなぁ。殊勝な方のレポート希望。
再上映とのこと。これまた非常に気になるけれど……。あ、そうだ、18日から早稲田松竹で「The Dreamer」。忘れんようにせんとなぁ。
1526歩。1+5と6で、6が2つ、というのはちょっと無理やりだな。
先だってのMIDI作品がごく一部でウけたので、調子に乗ってもういっちょ。「ルクセンブルグ」。いつ頃作ったかは失念。「三田詩人」の小山田さんが、仕事でルクセンブルグへ出かける日、見送りに遅刻した帰りの電車の中でだいたいの輪郭ができあがったのは覚えている。ベースのパタンは、当時niftyのTOWNSフォーラムでカッコいい曲をアップしてらした(山)さんのお知り合いの方(ごめんなさい、お名前失念)からいただいたヘビメタ用のギターのリフをいじってるうちにできたもの。Nicoのオルガンのパタン、ラリー・コリエルからの「イタダキ」あり。と書いてみると、全然オリジナリティのないことに気づかされる。もともとFM-TOWNSの内蔵音源用にこしらえたのをMidi化、というかMidi化している最中にHDがクラッシュしてしまったのだった。だから、仕上げ段階までの調整は済んでいない。慈悲の心で耳を傾け、決して批判などしないこと(^_^;;。
1976年。デビュー盤。しかし、レコードというかCDにもちゃんとした奥付みたいなのが欲しいなぁ。結局、CHAR-NETで調べ直してしまったぞ。最近は紙ジャケ盤も出ているらしい。で、そちらは何とかカントカ・マスタリングで音質もあがってるんだそうな。
ギターはやっぱりカッコいいし、ジャケット裏面「Special Thanks 富士山」みたいな、しゃれたふざけ方は今のCharにも通じている。でも、バックのアレンジとか歌詞とかは、さすがに時代を感じさせるというか何というか。
それでも、Shinin' You, Shinin' Day、Smoky あたりはやっぱり今でもカッコいいかな。
Haloscanの無料サービスを利用して、コメントの書き込みとトラックバックの受信をくっつけてみた。Haloscanのコメントとトラックバックは、Javascriptが使える状態になっていないと表示できない。利用される際はJavascriptが使えるように設定しておいてほしい。
コメントの制限字数は、130字くらいとグッと短いし、表示は諸般の事情からフロントページだけにしてある。また、トラックバックは、「押尾コータロー研究所」のブログから試しに打ってみたんだけど、文字化けしてしまう。研究所からだけなのか、日本語対応一般がダメダメなのかはよくわかんない。さらに、どちらも書き込み日時は日本時間になってない。やれやれ。ご使用の際にはそのへん、ご留意されたし。好評であれば、有料サービスに切り替えようかとも思うけれど、まぁ、しばらくは様子見。日本語がコメント、トラックバックともに問題のないサービスがあれば教えてやってくださるとありがたし。
トラックバックは、こちらで編集すれば日本語表示もうまくいくみたい。というわけで、いただいたのに表示がうまくいかないトラックバックはこちらで適当に書き改めさせていただく。悪しからず了承されたし。
トラックバックの日本語処理にはやはり問題が多いみたいなので、全廃。コメントのみ可能な状態に改めた。
コタ研での議論の続き。NorthCountryさんの話もおもしろいし、リンク先の「サイレントギターの功罪」(DM)の記事も興味深い。サイレントギターでそうなら、こんなのはもう外道中の外道ということになりそうだ。しかし、サイレントギターって興味はあるんだけれど予算が立たないんでアレだったんだけど、これで気持ちをなだめることにするかな。「アポヤンドとアルアイレ」(DM)も興味深い。《アポヤンドとアルアイレという区別を廃したギター理論、カルレバーロ奏法》なんて生まれて初めて知ったぞ。
NorthCountryさん、文字化けTBごめんなさい。
いやぁ、やっぱりこういう話は気になるなぁ。どうも僕の周囲では反応が冷たいのだけれど……。《唐突だが、認知ロボティクスよりもガチガチの運動制御をやってる人の話を聞いているときのほうが、より知能の本質に迫っているような気がする》(K.Moriyama's diary)というのはありそうな話。どこだったっけ、人工知能開発の当面の目標を下等動物級の運動の統御に定めた研究をやってるところ?
《インターネット利用者は、昨年の発表で02年末には10%に届かなかったとされたが、今回修正され、02年中に同利用者が世界人口の1割に達したことが明らかになった。03年末の同利用者は先進国で人口の45%、途上国で同5%だった》とのこと。先進国vs.途上国の懸隔は予想されるところだろうけれど、先進国の45%というのは意外に少ない気がするし、途上国の5%は思いの外多いようにも感じる。
《学校外の過ごし方では、中学生の「宿題をする」が1時間と参加国中で最短、「テレビやビデオを見る」は2.7時間で最長だった》(孫引用)とのこと。趣味の貧しさとしてもいい。それにテレビ番組に『みんなの科学』みたいなのがあればまた話は変わるだろうとも思う。あとはもう以下同文。
とりあえずメモ。まだ読んでない。
「虚構新聞社」より、更新頻度、今のところは高い。Google Newsネタなら、しかし一つのアーティクルに複数の嘘のヴァリエーションがあっていいかも。って、そりゃなかなか大変だなぁ。
8433歩。千歩の父方の祖母逝去。結局、お会いすることのないままだった。その他、仕事でわらわら。
16日、『ガラスの仮面』第42巻が出た。第1巻は76年。第41巻は98年。長くひっぱっていたにもかかわらず、変にきばったところのない相変わらずの話の進み具合に妙に安心。
現在、「押尾コータロー研究所」に不具合発生の模様。復旧にかける時間が、今のところとれないんで、もうしばらくお待ちくださいまし。いやはや。
あ、ついでにアクセスしようとした際、どんなエラーメッセージが表示されるかも、コメント、メイルなどでお知らせいただけると助かります。よろしく。
ちょっと不調の原因は不明なんだけれど、MySQLのテーブルのいくつかを最適化したら、直っちゃった。
勉強不足で済みませんです。
Amazon、就中iframe関連の表示も不調の模様。まさかとは思うけれど、そっちが原因だったりする?
どうも、ThingamablogとHaloscanの取り合わせでは、不自由が多いので、ppblogを使ったページを新たに作ってみることにした。このページは、「極私的脳戸」全体のトップページにして、更新情報を主たる掲載内容にしようと思う。せっかくリピータの方も出て来られたところで、申し訳ないのだけれど、よろしければ「ブックマーク」、「お気に入り」、リンクなど変更してやっていただけるとありがたいところ。
改めて「極私的脳戸/日々の与太」をよろしく。
本日夕刻15:45あたりから19:56くらいまで、http://yabu.s5.xrea.com/以下のコンテンツにアクセスできない事態が生じた。xrea.comの他のサーバにはアクセスできるので、s5.xrea.comの不調が原因みたいだ。でも、まだxrea.comからは正式な報告はない。原因等は追って。
サポート掲示板に、 08:50 PMの投稿で以下のような障害報告が出ていた。
下記内容で障害がございました。 ○時間 2004年12月19日(日) 16時00分-20時00分 ○内容 ハードディスク障害 ○対応 ディスクのエラーチェックを行い、復旧しております。 ご利用の皆様には大変ご迷惑をお掛けしました。 __________________ XREA.COM - Free Web Hosting - URL:http://www.xrea.com/ MAIL:http://www.xrea.com/?action=mail
「極私的脳戸/日々の与太」のページデザインを改めてみた。どうも3paneは見ていて落ち着かず、肝心のテキストに集中できないような感じがする。そこいらへん、なんか研究はないんだろうか。
うちで「とんとん亭ふぁんクラブ」の運営をお引き受けすることになった。「とんとん亭」は、うちの近所のラーメン屋さん。ときどき僕の書くものの中にも登場してるでしょ? 豚臭い感じを消さない点、好みが分かれるかもしれないけれど、僕のお気に入りのお店。
深夜から今朝にかけての接続障害は、
s1-s13,s26-s51のネットワークで、接続障害が発生しております。 ネットワークへの攻撃が確認できており、現在、原因を調査中です。 ご迷惑をおかけしますが、しばらくお待ちください。 04/12/31 2:10 AM 調査の結果、ネットワーク攻撃であることが判明しました。 04/12/31 3:08 AM 大量データを送りつけ、正常な通信を妨害する形の攻撃(DDoS攻撃)と なっております。現在上位回線業者と協議の上、対応中です。 ご迷惑をおかけしますが、今しばらくお待ちください。 04/12/31 4:19 AM __________________ XREA.COM - Free Web Hosting - URL:http://www.xrea.com/ MAIL:http://www.xrea.com/?action=mail 上位回線業者にて、1週間程度、臨時的にルーティング設定を 変更いただくことで対応させていただきます。 機器調整のため、一旦回線を切断させていただいております。 午前7時頃に復旧予定です。 大変ご迷惑をおかけしますが、今しばらくお待ちください。 04/12/31 5:48 AM __________________ XREA.COM - Free Web Hosting - URL:http://www.xrea.com/ MAIL:http://www.xrea.com/?action=mail
といった事情によるもの。年の瀬の深夜から早朝まで、復旧に尽力なさった方々に感謝。